トップ  >  Days >  隣の芝生

隣の芝生

隣の芝生

Nagoya University Planet

Nagoya University Planet / vitroid

3月11日を機に、日本中が近年稀に見る程の一体感に包まれています。
それは同じ悲劇に見舞われた者同士、自然なことであり、そうであるべきだと思います。
ただ、その一体感が引き起こすのは必ずしも良いことばかりではありませんでした。
例えば、私のように被害が少なかった人が平穏な生活を送っていることに罪悪感を覚えたり、西の方や海外に疎開する人は非国民みたいな雰囲気が漂うのも、この一体感が一因を担っている気がします。
前者は「私は大した被害を受けていないのに東北の人たちはもっと大変な目に遭っている」という自分と他者との比較、後者は「自分はここしか居場所が無いのに逃げ込める場所がある人はいいな」という自分と他者との比較からそれぞれ来る感情です。
一口に「地震の被害」と言っても、被害の種類や程度の大小、それに対して取るべき対応、そして持っている切り札は1人1人異なるのですが、「同じ自信の被害に遭った者同士」という意識が強いがゆえに他者との些細な違いが目に付いてしまうのでしょう。
自身は首都圏で生活しているけれど東北地方に多くの友人を持つ私は、安否が心配な相手もさほどいないであろう東京育ちの人たちの芝生が青く見えると同時に、東北で不便な生活を強いられている人たちからすれば自分の芝生もまた青く見えるだろうと日々感じています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

トラックバックURL

http://toyo-kibun.info/archives/171/trackback