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“みんなと同じ”という個性

“みんなと同じ”という個性容姿や正確が特徴的な人や珍しい趣味や特技がある人は、周りから“個性的な人”と呼ばれます。
そのせいか、個性は類稀な存在の人だけが持つ特別な物のように考えられがちです。
確かに“背が高い”“勉強ができる”などの個性は他の人との比較せずには発見されにくいかもしれません。
だけど、個性という言葉には“他の人と自分の違い”だけではなく“誰かとの比較と切り離した所での自分らしさ”のようなものも含まれていると私は考えています。

例えば成人式にドレスを着て出席したら、少数派なので目立つだろうとは思います。
だけど、普段から着物が好きでお茶や着付けを習っているような人が成人式のような着物を着る人が多い場でドレスを着るのは、その人らしいとは言い難いと思うのです。

幼少期の私は、かぐや姫よりもシンデレラや白雪姫が圧倒的に好きな子供でした。
“みんなと同じ”という個性

三つ子の魂百までなのか、今でも和食や着物を素敵だとは思うものの、それ以上に洋風の要素を持った物に強く心が惹かれます。
そんな私が自分の結婚式で1番拘ったのは“全てを洋風で統一すること”でした。
ウェディングドレスを着て、チャペルで式を挙げて、披露宴ではフレンチを出す、という結婚式がやりたかったのです。
人からは“そんな結婚式この地球上にゴマンと存在するのにわざわざ拘ることなの?”と思われそうですが、私のような価値観の持ち主が和装で神前式を挙げたりしようものなら一生後悔するのが目に見えています。
世の中的にはドレスを着てチャペルで挙式をする人が多いので、和婚の方がパッと見個性的かもしれません。
だけど、私はみんなと同じ洋風の結婚式を挙げることで自分の個性を出しました。

私みたいな人間に取って結婚式でウェディングドレスを着るのが1番自分らしいように、着物が好きな人は成人式で振袖を着ることが、性格的にみんなと同じことをする方が安心できるという人であれば成人式で振袖を着て結婚式でウェディングドレスを着ることが1番個性的だと思うのです。

“みんながAなら私はB”という考え方で物事を決める人は、返って周りに振り回されているんじゃないかと私は思います。
自分自身の本来の好き嫌いよりも少数派に属することを優先する人は、個性的な人ではなくただの目立ちたがり屋です。

人は自分以外の人にはなれません。
だから、平凡に生きようが破天荒に生きようが、何をやってもその人らしくしかならないと私は思うのです。

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